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zoom RSS 日本語はどこからきたか

<<   作成日時 : 2009/01/14 03:26  

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日本語はどこからきたか
学籍番号1810070476
氏名 石川 裕加里

目次
はじめに
本論 (a)タミル語との共通点について
(b) 北方と南方の混合説について
結論
参考文献

はじめに
グループ内の文献要約を読み、タミル語説が有力だと思った。やはり日本語の根源を探るにはタミル語との関係を見つけることが一番の近道であろうか。しかしわたしが要約した文献は混合説が有力であると主張していた。日本語はどこからきたのか。様々な本を読めば読むほど様々に意見が分かれていく。本論ではタミル語との共通点に触れ、次にそれ以外の意見について検証しようと思う。その上で自分の一応の答えを出そうと思う。

本論
(a)タミル語との共通点について
 北方では朝鮮語、蒙古語、アルタイ諸語、チベット・ビルマ語、アイヌ語、南方ではインドのドラヴィタ語、オーストロネシアの諸国のインドネシア語、メラナシア語、ミクロネシア語・・・。世界中から候補が挙がっている。そしてこの数々の言語が日本に少なくとも影響は与えていたのだろうが、その諸語が日本語に影響を与える前にすでに影響を与えていたというのがタミル語だと大野晋氏は主張している。タミル語はインド亜大陸の最南端に位置するタミル族が話す言語である。インド亜大陸といえば、ドラヴィタ語も有名である。そして当然だが日本語とインドのドラヴィタ語との関係性を訴える学者は多いという。タミル語説がこんなにも支持されるのには、タミル語と日本語の語順が一致していること、音韻法則に対応できる単語が多数見受けられること、また今はなくなってしまった日本の古語にタミル語との単語の一致が非常に多くみられることなどがあるからだ。例えばタミル語でal-ukku(軽くゆする)を日本語の「歩く」と対応させてみよう。意味こそ違うが言葉自体はほぼ一緒である。さらにこのal-ukkuという言葉の語根al-には「うねる。揺れる。動く。物を求めてあちこちに動く。あてどもなく動き回る。さまよい歩く。よろめく。」という意味があるのだ。日本語とタミル語を比較するには語根の部分の意味の趣きに気をつけるべきであるという。al-という語根をもつ単語には「歩き回る」という根本意味を持つものが多数ある。ということはal-ukkuにも「歩く」という意味もあっておかしくはない。
 このような意味の深いところでの一致が多いことから日本語とタミル語は遠い昔につながっていたのだと大野晋氏は確信している。

(b)北方と南方の混合説について
先に日本の起源についての考え方について書く。ひとつは縄文時代から日本語は一貫して日本の中だけで発展してきた「日本語万世一系説」である。もうひとつは非常に古い時代に世界のどこかで、今は分からないx語があり、それが二つに分離し、ひとつが日本に定着し、どこかに分身のy語があるというものである。先ほどの大野晋氏はこの説を主張している。しかし津田元次郎氏はこの両方を否定した。また、単語だけの一致はどの国の言葉を比べてもそれなりに共通点があるため、むやみに関係があると断言してはならないという。それは人類の根源的一致があるからだ。それはまた言語の起源を論ずる際に文法はあまり重要でない。近代ヨーロッパ諸国とラテン語の場合を考えてみても、主語が欠けたり動詞が前にきたりと極めて流動的であるという。
古代日本の主要語はオリエントの言葉が非常に多いという。エジプトやメソポタミヤの神話を読むと、日本語の起源となった神々の名前がいくつも登場する。ゾロアスター教のアマの神、ヤマの神も、日本語の天、海、山の語源であったと思われるらしい。起源だとされる証拠は数多く存在しているわけだが、結局どの言葉も「これだ」とは断言はできていない。それは日本語自体がかなりの変化を遂げてきてしまっているため、ひとつに安定して対比ができないためである。日本の古典語の助動詞の8割は現代語では失われてしまっているという。
とにかく従来の多様な説を考慮すると、日本語の起源が非常に多元的であることがわかる。日本語の起源を考えるにはどれかひとつに搾って考える「系統論」ではなく、どのような言語が流れ込んできたかという「流入論」を考える必要がある。
しかし人によって考え方が全く違うのだ。例えば1971年「日本語系統論」において村山七郎氏は日本列島にはまず南方系の言語が入り、ある程度の音韻変化が完了したあと、アルタイ系の言語が入ってきたという。しかし、安本美典氏は、朝鮮語、アイヌ語などが日本語の一番古い層だとし、これが基盤となり南方系の言語が被さったと主張している。また大野晋氏はドラヴィタ族系のタミル語との関係を強調しているが、安本氏はそれを統計的にありえないとしている。なぜなら多数の語彙の中から音とかたちの似ている語だけを選び出す方法によって両言語を結び付けているから、客観性に乏しいというわけである。

結論
偶然の一致も数多くあるとは思うが、タミル語との関連性が大きいと思う。しかしそれくらいに世界各国で日本語の片割れのような存在が多い。北方と南方、どちらが先に日本に入ってきたかは定かではないが、日本語は多言語ということはかなり決定的だ。どれも決定打を打てない言語ばかりで、とてもひとつにしぼりきることは不可能であるようだからだ。
このような研究は年を重ねるごとに解明されていくことだろうか。人の作業で何万字もの照合が繰り返され、その度に他の学者との研究結果の違いに悩む。この方法が正しい、あの方法が正しい、と試行錯誤を繰り返しているようであるが結局真理をつかめずにいる。見方によっては全否定できるような繊細なものなのか、研究材料や成果が足りないのかは分からないが、少なくともいまのところは答えを出さない方がよさそうである。
しかし、遥か昔、日本語は様々な国から刺激を受け、組み合わさったことだけは確かな気がするのだ。それは今までの(もしかしたら間違っているものが多数あるかもしれないが)幅広い研究言語の多さから伺えるだろう。よって私は北方南方混合説を支持する。
参考文献
「日本語はどのようにしてつくられたか」P.143
監著者 安本美典
 1986年4月10日 初版発行
発行者 福武哲彦
発行所 株式会社 福武書店

「日本語はどこからきたか」P.352
著者 津田元一郎
2001年8月30日 初版発行
発行者 渡辺睦久
発行所 人文書院

「日本語とタミル語」P.286
著者 大野晋
1981年11月25日 初版発行
発行者 佐藤亮一
発行所 株式会社 新潮社

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